こちら覇王軍の陣中。
現在北方で、戦の準備をしている真っ只中なのだが…
「…おい」
「何だ」
「いい加減諦めたらどうだ?」
「断る」
いつものように孟徳を後ろから抱きすくめた曹操が、つんと顔を背ける。
孟徳は溜め息を吐いて、どうしたものか…とぼやいた。
「何度も同じ事を言わせるな、俺とお前は共に戦に出る事は出来ん」
「納得出来ぬものは出来ぬ」
こんな会話が、先ほどから延々繰り返されているのだ。
同じ存在である曹操と孟徳が同じ戦場に立てば混乱を招く。
「我はお前を離したくない」
「いつも側に居るだろうが」
側に居るというか曹操が離さないというか微妙な所だが、取り合えず普段は大抵曹操の側には孟徳が居る。
「理不尽だ」
「…それは分かったから早く行け」
流石の孟徳も、なかば呆れのお手上げ状態である。
このまま戦に行かないと言い出すのではないか、周囲は心配しつつも、一抹の望みを
孟徳に託しているようだ。
託された方はたまったものではないのだが…
「おい…」
「何を言われても嫌なものは嫌だ」
まったく状況は改善されない。
それどころか、更に頑にしてしまったような雰囲気である。
孟徳は仕方ないなと、また溜め息を吐いた。
「――――いつまでこんな寒い地に居るつもりだ?」
振り向いた孟徳のいつもの無愛想な顔に、更に不機嫌さが追加されている。
「俺は寒いのは好まん」
「む…」
そう言われては流石の曹操も返す言葉が無いようだ。
まだ渋る曹操に、孟徳は再び背を向け、
「……俺は此処にいる」
「…!」
小さく、呟くような言葉だったが距離が近い曹操にははっきりと聞き取れた。
思いがけない言葉に、曹操は腕の中の孟徳を強く抱き締める。
「…ッ!だからさっさと終らせて来いと言ってる!」
「うむ」
さっきと打って変わって嬉しそうな曹操と、照れたのか機嫌を損ねたのか顔を背けた孟徳の様子に、周囲はやれやれと安堵した。
この後、それがどう影響したか定かではないが、一日掛らずでその戦は終ったという。
了
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