気が付いたら朝だった。
起き上がろうにも、体を苛む倦怠感がそれを阻む。
「そろそろ行かんと賈クが煩いな」
余裕の言葉を言ってのけた隣で、寝台に腰掛けている存在を殴りたいという衝動にかられながらも
それは叶わず、孟徳は睨む。
「…自業自得だろうが」
「我のせいだけではあるまい?」
曹操は、孟徳の恨めしげな視線もなんのそのとばかりに悪怯れる様子もない。
「こういうのは連帯責任というのだろう?」
「俺は関係ない!」
憤慨した孟徳は体を起こしかけたが、言い様のない痛みに再び倒れこむ。
事の発端は昨日、曹操が戦場から戻った事に始まる。
帰ってくるなり報告も何も放り出して孟徳を拉致し、部屋に連れ込んだ挙げ句に今に至る。
抱き潰された、と言った方が正しいのではないかと思うほど散々に抱かれた。
途中からの記憶が曖昧なのが救いといえばそうなのだろうが、
同時に、それだけの事をされたのだと思い知らされるから何とも言えない。
「無理はするな」
曹操は横になった孟徳の髪を撫でる。
どことなく勝ち誇ったような満足気な表情が、孟徳には腹立たしいこの上ない。
「誰のせいだ誰の!」
「それだけ元気ならば昨夜の遠慮は無用だったな」
「普段から遠慮してるとは思えんが?」
「何だ、昨夜とはえらい違い…ッて…!」
言い掛けた所で、曹操に向かって枕が投げ付けられた。
「物を投げるな!今更だろうが!」
「そういう問題か?少しは慎め!」
朝から寝所で不謹慎極まりない、不毛な会話が繰り返される。
「全ては本当の事だろう。これ以上どう慎めと?」
「余程俺に殺されたいらしいな…」
「今のお前に何が出来る?」
そう言って曹操は、孟徳の腰の辺りをわざと叩いた。
「~~ッ!」
僅かな刺激すら激痛に変わり、苦痛の呻きがせり上がってきたが何とか飲み込む。
「ほらな」
「貴様…」
言い返せない。
ふふんと見下ろす曹操を睨む事しか出来ない、この現状が悔しい。
不貞腐れ気味の孟徳の顎に指先が触れ、それはすいっと顎を掬って上向かせた。
「今度は何だ」
全身で不機嫌だと言わんばかりの孟徳に曹操は笑う。
「何がおかしい」
「お前が余りにもらしくない姿を見せるものでな…」
近づく顔に抵抗はしない。
慣れなのかそれとも…
今更考えるのも馬鹿らしい。
「全く懲りん奴だ」
「懲りてたらこんな事はせぬが?」
「少しは懲りろ」
「分かったから少し黙れ」
触れた唇が、言い足りない小言ごと孟徳の口を塞いだ。
これも毎度の事。
唇が離れると、なぞるように唇を舐められて孟徳が小さく息を吐く。
「……これで誤魔化したつもりなら聞かんぞ」
「む?物足りないという事か?ならば…」
ぐいっと肩を押されて再び寝台に戻される。
やけに曹操が楽しそうなのは気のせいだろうか。
嫌な予感が脳裏を過ぎって孟徳は身を捩るが、しっかり押さえつけられていて動けない。
「……なんの真似だ?」
「物足りないならば遠慮せずに言えばよいものを」
「ちょっと待て。何をどう取ればそうなるんだ?」
嫌な予感は的中していたようだ。
「ふざけるな!昨日あれだけ…!」
「だからあれだけでは足りんという事だろう?」
「な…!?」
何処までも自分に都合のいい解釈をするのは、流石色々な意味でも覇王である。
「後々賈クに小言を言われるのは貴様だけではないのだが…?」
「共に言われれば問題ない。賈クも一石二鳥だろうが」
「………!!!」
流石の孟徳も返す言葉を無くしてしまった。
「さて、納得したなら観念しろ」
これ以上ない笑顔の覇王に
納得出来るか―――!!という孟徳の切実な叫びは全く届かなかった。
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その頃の軍議室では…
「……今日は神速で行きます」
「は?」
「えっ?だって今日は殿が……」
「文句がある方は問答無用で慌てふためかせますが何か?」
青眼がぎろり、と周囲を睨みつける。
「はい………」
その怒りの原因が分かってる者達は何も言えず、とにかく矛先がこちらに向かぬようにしなければと
一斉に頷いた。
その日、戦場では怒りの賈クが放つ離間に、敵部隊が慌てふためかされたのは言うまでもなく。
戻った賈クの前に現れた曹操が、離間の餌食になったのは更に言うまでもない。
終
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