孟徳が廊下で一人佇んでいると、ふっと頭上が翳った。
「ん…?――!」
顔を上げると、間近に有った存在の意図に思わず手が出た。
手が出た、と言えば言い方が悪い。
でも手が出た。
「む!」
口付けを迫った曹操の口に、咄嗟に手を宛がって防いだのだ。
目的を達せられなかった曹操は、拒まれると思わなかったのだろう、明らかに不機嫌そうな顔である。
「孟徳…そんなに我にされるのは嫌か!?」
「大体昼間っから…それに人前だ」
それを見ていた周りのギャラリーで、「夜で人がいなければいいのか!?」と突っ込みたくなった輩は、何人いただろうか。
「ふむ…ならば人がいなければしてもいいのか?」
「そういう問題でもない気がするが…」
「何だ、我侭だな」
「お前がな」
不毛な会話である。
周りから見れば、睦み合いとしか見えないこの二人。
「ならどうすればいいのだ?」
「………」
少し考えて、孟徳は曹操の腕を掴むと、廊下の向こうへ歩き出した。
「おい?何処に行く気だ」
周囲の輩は気になって仕方がなかったが、覗く勇気があるものは誰一人としていない。
相手はあの曹操なのだから。
それから数分後、何事もなかったように戻ってきた孟徳が一人。
意外に大胆な行動にしてやられた曹操が戻ってきたのは、それから更に半刻程後だったという。
了
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