戦の終わりを告げる法螺貝が鳴り響いた。
幸村は無事に本懐を遂げたのだろう。――――これでいい。
政宗はよろりと立ち上がった。
敗軍の将となった自分…しかし悔いは無い。
むしろ清々しいくらいだった。
(また貴方と共に同じ道を歩んで行きたいんです…ずっと)
幸村が言い残していった言葉を思い出してふっと笑みが零れる。
共に歩く。
それも悪くないか。
「わしのほうが不器用なのかもしれん」
戻ってきたら何て言おうか。
また困らせるような言葉を言ってやろうか。
そんな考えが頭を過ぎる。
ふと、馬の蹄の音が向かってきた。
「若!無事だった!?」
「成実か」
迎えに来たのだろう成実に政宗はふっと表情を緩めた。
成実もまた、主の無事な姿を認めてホッと胸を撫で下ろし、馬から降りた。
「あちらはどうなってる?」
「ん、景綱と綱元が居るから大丈夫だよ」
「そうか……」
特に自軍に大きな混乱は無かったのは流石の三傑二人と言うべきだろう。
これからの事は見えないが、それでも歩みを止めるわけには行かない。
共に歩くと言ってくれた存在があるから。
ふっと息を一つ吐いて、成実の元に歩みを進める。
それに気付いた成実も政宗に駆け寄った。
「若、戦前より表情が明るくない?」
「そうか?」
「そうだよ、だって……――――!?」
言い掛けた成実の表情が強張る。
政宗の背後に蠢いた鈍く光る影。
薄く立ち上るのは火縄の煙。
「――――ッ!梵天!!伏せ……」
悲鳴に似た成実の言葉に政宗が振り返ろうとした。
次の瞬間――――鋭い銃声がひとつ。
背中から貫くように胸を焼いた熱。
言いかけた言葉は声にならず、代わりにごぽりと口から零れるのは紅いもの。
――――あぁ、やはり……どこまでわしは天に見放されてるんだか……
成実が駆け寄って来るのが見えた。
持っていた槍を背後に投げ付けたのか、蛙をひき潰したような断末魔の声が聞える。
「梵天!!」
痛みは感じない。変わりに胸を焼く熱のような感覚。
止め処なく流れ落ちる。赤い雫
それを目に留めて、ふっと、あの顔が見えた。
戦場を駆ける紅蓮の炎そのもののような勇ましい姿。
それが目の前で霞んだ。
すまんな幸村……
最後まで……わしはお前を裏切ってばかりだ………
**************
「――――ッ?」
同じ頃、法螺貝を聞いて本陣に戻りかけた幸村は馬を止めた。
「幸村様?」
少し前を駆けていたくのいちも足を止めて馬上の幸村を見遣る。
「いや……今、銃声が聞えた気がしたのだ………」
「銃声?」
くのいちはぴょいっと飛んで少し高い所から周囲を見渡すが、とくに異常は無い。
「気のせいじゃないの〜?」
「うむ……」
しかし何故か胸騒ぎがする。
戦には勝った。家康も半蔵も討ち取った。
――――なのに、過ぎる嫌な予感はなんだろう?
「大丈夫だよ〜wとりあえず本陣に戻らないと」
「………」
「幸村さま〜?」
暫く黙っていたが、幸村は突然、馬首を廻らせて駆け出した。
「ちょ!幸村さま!!」
「すまん!先に戻っててくれ!」
驚くくのいちを残して馬は北へ向かって走り出した。
言い知れない不安が幸村を覆う。
やっと貴方と歩けるのに……何故こんなに不安なのだろう?
貴方に言ったら杞憂だと笑われそうだけれど……
それでも、今は会わずにはいられなかった。
*********
北の城門に着くとそこに政宗の姿は無かった。
代りに政宗の家臣で伊達三傑の一人伊達成実がその場に居た。
幸村を見つけると成実は軽く笑顔を見せたが、その笑顔はどこか憂いがあった。
その腕には伊達の家紋をあしらった深緑の旗。
それに包まれて眠っている様子の人物。
「成実殿……?」
馬から降りると幸村は成実の傍に駆け寄った。
成実の腕の中の政宗は眠ったままだ――――――
「伊達…殿…?」
――――嘘だ
声にならなくて幸村は成実を見遣った。
「残党に撃たれて…あんたがここに来る少し前に……息を引き取ったんだ……」
「――――…!!」
先ほどの銃声は気のせいではなかったのだ。
成実はそのまま政宗の躯を幸村に渡した。
きっとそれを政宗は望んでいるはずだから。と
震える腕で幸村は政宗を受け取った。
かくりと力無く全てを委ねて項垂れる身体。閉じられた隻眼。
「ずっと謝ってた…息を引取る瞬間まで俺たちにすまないって…」
「………」
「そして…最後に幸村殿に伝えてくれって」
「何…!」
「『すまない。でもありがとう』…だって」
その言葉に幸村は思わず顔を伏せ、政宗を強く抱きしめた。
『ありがとう』なんて言われた事は一度も無い。
いつも生意気で不遜な態度で自分を見てきた奥州の竜。
素直じゃない、でも何より愛しい存在。
それが……『ありがとう』と。
涙が零れた。
それが腕の中の政宗の頬を濡らすも、幸村は泣き続けた。
どうして気付かなかったのだろう?
自分だけが彼を想っていたと思っていた。
だがそれと同じ…いや、それ以上に愛されていたのに……
今になって気付く。
どれだけ、自分は愛されていたのか。
一途に傾けた想いはちゃんと彼に伝わっていたのだ。
「…ま…さむ、ね……ッまさ……!」
一度も呼んだ事がない名前を嗚咽交じりになりながら幸村は繰り返し呼んだ。
思い浮かぶ笑顔が、余計に胸を締め付ける。
答えてくれる事のない唇
二度と戻らない温もり
勝利の代償は余りにも大きい。
遠くで再び聞えた勝鬨。
戦国の終わりを告げるその声。
そこで華が一輪、人知れず風に散った。
それは「 」という名の想い花。
了
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