自分でも原因が分からない不愉快な気分を抱えたまま、政宗は帰路に就いた。
試合を打ち切ったことも、助っ人を引き受ける事になってしまった事も、確かに不愉快なのだが
それ以上に彼を不愉快にさせていたのは……



考えれば考えるだけ苛々が募り、政宗は打ち消すように頭を振ると玄関の戸を開けた。




「ただいま」




途端にドタバタと走り寄ってくる足音――――成実だ。




「梵天〜どうだった?」





開口一番に問われた言葉に、政宗はぴくりと眉を吊り上げる。




「どうだった?――――あいつに入れ知恵をしたのは…やはりお前か」
政宗に睨まれて、成実は「うっわ、やべぇ!」と慌てて閉口するが、時既に遅し。



「あ〜…俺ちょっと用事が……」



政宗は逃げようとする成実の耳を掴んで強引に引き寄せた。



「痛たたたた!!」
「成実!あれ程わしには助っ人の話をよこすなと言っておいただろうがっ!!」
「わー!ごめんなさいぃ!だってお礼弾むって言われたから!」
「結局はそれか!」
「まままま!それはそれ!」



更に強く抓り、最後に態と強く引っ張ってから離してやると、成実が耳を擦りながらしゃがみ込む。
その様子をふんと一瞥してから、政宗は部屋へと向かった。







「―――で?強いって言ってた先輩、強かった?」




政宗が足を止める。




「……ふん、つまらん試合だったわ」




振り返らずに答える政宗の様子に、成実は何かを感じ取った。



「へ〜?でもさ、いつもと表情違うよ?何か腑に落ちないことでもあった?」

「別に」

「あ、そ。俺には関係ないからいいんだけど……」



こういう事を無理に詮索しても政宗が答えないのは良く分かっているから、成実は必要以上の詮索はしない。
そのまま茶の間に戻ろうと成実が立ち上がった時、相変わらず振り返らないままの政宗が呟くように一言放つ。



「――――引き分けだ」



「引き分けねぇ。まぁそんなもん………えぇ?!引き分けぇ!?」







うっかり聞き逃してしまいそうになったが、思いがけない一言に成実は驚く。
そんな成実を知ってか知らずか、政宗は足を止めたまま漸く振り向いた。




「相手が利き手だったら、負けていたかもしれん」
「マジ?梵天が?」
「悪いかっ」


不愉快そうに顔を背ける政宗にも、成実は驚いたままだ。



政宗の実力は、弟である成実が一番良く分かっている。
兄弟間では劣らぬとも勝らないが、並みの輩よりは遥かに勝っているのは間違いない。
その政宗が、利き手では無い相手に引き分けたという事実に何より驚く。





「いつまで驚いている。大袈裟な奴だ」
「いや、なんつーか……そんな強い人がうちの学校に居たんだなぁって」
「卒業生だそうだ。確か――――『真田』とか言ってたな」
「真田?聞いたことあるような、無いような……」




うーんと成実が首を捻っていると、玄関の戸が開く音がした。








「ただいま〜」

「む?綱元が帰って来たか」





帰ってきたのは、長兄の『綱元』だった。
長男の綱元は色々な武術を嗜んでおり、日々色々な道場や学校に指南を頼まれていて教えて回っているのだ。

何でも学生時代は、向かう所敵無しと言われるほどの強さで、卒業してからもその強さは半ば伝説として
彼が通った高校やら大学には伝わっているらしい。



「あ、綱元なら知ってるかも!」
「ん?何の話?」
「あのさ〜聞きたい事があるんだけど」
「?」
「うちの高校の卒業生で、槍術部の『真田』って人知ってる?」
「槍術部の真田……?」


成実の質問に、綱元は片付けていた道具を玄関に置きながら記憶を手繰る。
暫く唸るようにしていた綱元だったが、ふと、思い出したようにぽん、と手を打った。


「あぁ!真田幸村か!知ってるぞ」
「知ってるんだ!?」


成実の驚きもさることながら、政宗までもが驚いて綱元を見る。



「俺が卒業してからだけど、槍術の特待生で入ってきたヤツだったな」
「特待生!?」
「うん、何度かコーチを頼まれて行ったけど……なかなか筋は良さそうだったよ」
「そうなんだぁ……だってよ、梵天」
「ふん……」



成実に振られても、政宗は興味なさそうに僅かに眉を顰めただけだった。





「その真田幸村がどうかしたのか?」
「梵天と手合わせしたんだって。それで……」


「成実!余計な事は言わんでいい!」







激しい口調で成実を制すると、政宗はそのまますたすたと自室へと繋がる階段を上って行ってしまった。
残された2人は顔を見合せ、訳が分からない綱元は成実を見遣り、当の成実は肩を顰めて苦笑する。





「……若、機嫌悪いのか?」
「やー…その真田って人と梵天が手合わせをしたんだけど、向こうは利き手じゃなかったのに引き分けたらしくて」
「若と引き分け?」



今度は綱元が驚いた表情を見せたが、すぐに理解して「あぁ、それで…」と、あの態度の理由に納得したようだ。




「利き腕じゃない相手と引き分けだなんて……若、プライド高いからな〜…」
「だよなー」
「でも…引き分けでよく退いたね。若が」
「それなんだよ。俺も不思議で仕方ないのはそこなんだよ」


政宗は矜持が高い分、優劣ははっきりさせる。
だからこそ今回の引き分けという結果に2人は疑念を抱かざるを得なかったのだ。

「何か理由があったのかな」
「かもね。梵天の腕だって相当だし」


「――――ところで、何で試合を?若、そういうの嫌いじゃん?」


綱元の疑問に、成実が「あ〜」と頭を掻きながら申し訳なさそうにする。


「それは俺が悪いんだわ。いつもの奴に梵天巻き込んじまってさ」
「助っ人か……お前なぁ…」


呆れたように綱元は成実を見咎めた。
政宗がそういう事を嫌ってるのを知っていて巻き込んだのは、明らかなる確信犯だ。


「で、梵天が真田さんに負けたら助っ人って話だったんだと。でも、引き分けたから今回は引きうけたらしいよ」
「引き分けたのに引き受けたんだ!……こりゃ、ますます謎だな」
「でっしょ〜?…これは探るべき?」
「確かに。気にはなるな」
「よし、直接聞いてみよーっと」
「殴られない程度にな」
「ほいほいっと」



綱元にひらひらと手を振って、成実も自室がある二階への階段を上って行った。
それを見送ってから綱元は再び荷物を持って自室へと向かう。



「真田幸村か…随分と久々に名前聞いたなぁ」



綱元が卒業生の好だと指南を頼まれ、槍術部に居たのは半年程度だったが、
数多の生徒の中で一際才を放っていたのが真田幸村だった。



「時間が経つのは早いもんだ」

何だか年寄りくさい事を考えてしまったと綱元は打ち消す。
これではまた成実に、「おっさん」呼ばわりされてしまうなと苦笑した。















+   +   +   +   + 










一方、二階へ上った成実は、自室の隣にある政宗の部屋の戸を叩いた。


「梵天、いる?」
「成実か」


中に部屋の主が居る事を確認してから中に入る。
政宗は机に頬杖を着きながら本を読んでいた。
成実は本から目を離さずに応じる政宗の傍まで行くと、そのままそこに腰を下ろす。



「あのさ、聞きたい事あるんだけど」
「何だ?」
「今日の試合、何で引き分けた?」


ページを捲ろうとしていた政宗の手が一瞬止まり、返事の代わりだとでもいう様に盛大にため息を吐く。


「嫌な話を蒸し返すな」
咎める政宗にも成実は動じる事無く、そのまま問いを重ねた。

「それにさ、引き分けたのに助っ人を引き受けたんだろ?どして?」


成実の問いに、政宗は持っていた本をぱたんと閉じると、漸く成実の方に向き直る。
この1つ下の弟は、好奇心旺盛過ぎる所もあるのだが、それが自分への気遣いやら心配な場合もあるから無下には出来ない。
それに、この件を蒸し返したという事は、余程気になっているのだろう。

――――仕方ない、と政宗は重い口を開き、言葉を紡ぐ。




「―――…あいつは利き手を怪我していた。だからわしから試合を打ち切ったのだ」
「マジ!?」
「嘘など言わん」

それだけ答えると、政宗は再び机に向い、本を開いた。
成実もまた、帰って来てからの政宗の態度の理由を悟ったようだ。



「そっか〜。だから助っ人も引き受けたんだ」
「まぁな」
「なら、相手が利き腕だったら、勝てた?」
「どうだかな」



普段の政宗ならば「当たり前だ」という答えが返ってくるだろうに、今回はそれがなかった。
つまりは、それだけ相手には実力があり、政宗もまたそれを認めているという事になる。



「ふ〜ん。また、手合わせできるといいね」
「別に。どうでもいいわ」



素っ気ない政宗の返事に成実は苦笑する。
本当は結構悔しいくせに、と内心思っていたが口にはしなかった。



再び部屋の中が静かになったが、急に成実が「あ!そうだ!」と、何かを思い出したように立ち上がると、
本を読んでいる政宗に近づく。


「なー梵天。今度の休みは暇?」
「む?多分暇だが?」
「じゃあさ!買い物に付き合ってよ。そろそろ新作のアクセが発売なんだよね」
「別にいいぞ」

成実はどちらかと言えば体育会系なのだが、意外に身形にも気を使っているらしく、こうしてたまにアクセサリーを
買いに行くことがあった。
政宗も何度か一緒に、色々な店を回って歩いた事がある。


「梵天も何かつければいいのにさー」
「似合わんから要らん」
「そう?似合うの一緒に探してやるよ!探せば出てくるもんだって」
「そんなもんなのか?」

政宗は反対にそういう事には余り興味を示さないらしく、何度か成実には勧められてはいるのだが、どうも良く分からないらしい。

「それにそこの店、男性向けのシルバーアクセが多いからさ」
「ほう?」
「んじゃ、空けとけよ!」
「分かった分かった」


それだけ言うと、成実は政宗の部屋を後にした。
成実が去って再び静まり返った部屋の中で、政宗はため息を吐く。



あの手合わせのせいで、面倒な事に巻き込まれた理不尽さを未だに感てはいたのだが、
それ以上に、あの真田幸村という男が気になっていた。



「真田幸村…か……」



綱元も知っている程の実力の持ち主はそうそう居ない。
あの時は少々無礼な物言いだったかと今更ながら少々反省していた。

まぁ、どうせ暫くは槍術部で顔を合わせるのだから詫びるべきかと悩んでいたら、
下から呼ぶ成実の声に政宗もまた、部屋を出て行った。





続。



今回はちょっと長めでした。
そして綱元ちょっとまともにご登場(苦笑)

何かキャラ崩壊とねつ造が甚だしくなって参りました;
いや、もう何でもあr(ry)

というわけで次回へ続きます;