「相手は――――あの人ですか?」
その頃、政宗も道場の入口から、道場の中央に立つ幸村を見ていたが、やはり顔までは確認できない。
「そうだ。卒業生だが、腕が立つから指導して貰ってるんだ」
「へぇ……」
視線を幸村に向けたまま、政宗の返事は素っ気ない。
「本気でやるのか…?相手は上だぞ?」
「こういうものに年は関係ありませんよ。うちの兄も俺や成実相手に手は抜きませんから」
「そうか。向こうにも試合の事は言ってある」
「せんぱーい……っと、政宗、来てくれたのか」
「仕方なくな」
「なぁ政宗。あの人マジで強いって」
「そんなのやってみなければ分からんだろう?―――あ、これ借りるぞ」
同級生の彼が手に持っていた練習用の木槍を受け取り、政宗は畳の上に上がる。
それを見て、幸村も同じ木槍を手に試合場へと向かった。
初めて間近で見る互いの顔と姿。
小柄だとは思っていたが、間近で見ると他の生徒よりも明らかに体格が小さい事に幸村は内心驚いていたが、
反対に政宗は、表情一つ動かさず、ただ淡々と幸村を見上げる。
「よろしくお願いします――」
互いに試合前の挨拶を交わし、木槍を構える。
だが、幸村の構えに政宗は違和感を感じていた。
さっき見た時の彼は右手に木槍を持っていたはずなのに、いざ構えたとなると左手に持ち替えていたのだ。
馬鹿にしているのかと政宗は眉を顰めたが、すぐに平静に戻る。
「手加減はしないぞ」
「される方がい心外です。そちらこそ油断してると足元を掬われますよ」
主審を務める生徒の「始め!」の声と同時に二人の表情が変わる。
初めは互いに相手の出方を窺うような小さな動きを繰り返していたが、どちらも相手に隙を見出す事が出来ないのか、
深くは踏み込もうとはしない。
そんな気迫だけの拮抗を破ったのは政宗の方だった。
「せいっ!!」
交えていた木槍の先端を弾き、幸村の懐に鋭い突きを繰り出す。
「っ…!流石に強いな」
ギリギリでその攻撃を避け、逆に返す手で政宗の横に払いを食らわせるが、政宗もまた際を見極め、ひらりと身を翻してかわした。
その返す手で再び攻撃を繰り出すが、受け止めた幸村が勢いを受け流して横に薙ぎ払った。
「甘い!」
「ちっ…!」
僅かに服を掠めたものの、寸での所で政宗はそれをもかわす。
手に汗握る真剣勝負に、それまで囃し立てていた生徒たちも言葉を無くし、ただたた二人の戦いを見守っている。
どちらも引かず押さずの拮抗した戦いに変化が訪れたのはそれから間もなくだった。
何度か打ち合う間に、幸村の攻撃の手が僅かに緩んだのを政宗は見逃さなかった。
「隙だらけですよ!」
振り下ろして鋭く打ち込むが、幸村はそれを辛うじて受け止めた。
「くっ……!」
「……!」
翳された幸村の服の袖が捲れ、露わになった手首に巻かれた白い包帯が政宗の視界に飛び込む。
それを目に留めた政宗は眉を顰め、交わしていた獲物を引くと間合いを取った。
それに気づいて幸村も体勢を整える。
「それで終わりか?」
不敵に笑って幸村は政宗を見遣る。
だが、政宗の表情は静かだったが、試合前よりは明らかに険しい。
政宗は幸村を睨むように一瞥する。
「つまらない。止めだ」
それだけ言って槍を下ろすと、一方的に試合を打ち切って試合場から下りてしまった。
そんな政宗の行動に場の生徒がざわりとどよめく。
決着が着いていないのに、あの政宗が勝負を投げ出すなど誰が想像できただろうか。
「引き分けの場合、助っ人の件はどうなるんだ?」
出入り口に向かう政宗の背に幸村が問うと、政宗はぴたりと足を止めた。
「―――先輩に免じて、今回は特別にお受けしますよ」
背を向けたまま政宗は振り返らずに答える。
「感謝する」
素直に感謝を述べる幸村のそれが聞こえたか聞こえないか分からないが、政宗はそのまま道場を出て行った。
* * * * *
練習を終えた生徒たちが道場内を掃除したり、片付けしたりと動き回っているその外に幸村の姿があった。
先ほどの政宗との手合わせの際に痛み出してしまった傷の手当をしていたのだ。
「やっぱり左はキツかったな……」
普段から練習はしていたものの、あの伊達という生徒には明らかに見破られてしまっていた。
おまけにそれに気づいただろう彼には、試合を打ち切らせてしまったのだから、さぞかし不愉快な思いをさせただろう。
「―――やはり、利き手を怪我していたんですね」
背後から不意に掛けられた声に、幸村は驚いて振り返る。
そこには先ほどの試合で手合わせた「伊達政宗」が立っていたのだ。
「伊達君、だったな。やはり気づいていたか」
「当然ですよ。先輩の動きには違和感があり過ぎでしたからね」
敬語を使ってはいるものの、不機嫌さを隠しもしない語気と態度に幸村は苦笑する。
「左でもある程度は出来るようにしていたんだが……気が付くとは相当腕が立つんだな」
「先輩ほどではありませんよ。左であれだけの腕前でしたら、利き手ではあの試合は分かりませんでした」
政宗の幸村の実力を認めるような言葉に幸村は内心驚いた。
彼は多少不遜な言動や態度はあるものの、自分の実力に奢る事無く、認めるところはきちんと認めるしっかりとした考えも持っている。
それは今までの生徒たちとは何処か違うものを感じた。
「そう、言ってくれたら先輩としての面子が保てる。ありがとう」
「別にそういうつもりで言った訳じゃないです。素直にそう思ったから言っただけですが」
視線を背けた政宗からは、さっきと同じ語気の物言いが返ってくる。
そんな彼のギャップに幸村は内心笑う。
「あ、もうこんな時間か。遅いから気をつけて帰れよ」
「言われなくてもそうしますよ。―――それじゃ」
最後に幸村と一瞬視線を交錯させてから再び背を向けた政宗がその場を去って行った。
その背が見えなくなるまで幸村は視線だけで見送っていた。
「伊達政宗、か……」
らしくもなく、彼の事がもっと知りたいと思ってしまった。
「また、会えるといいな」
続
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