―――キーンコーンカーンコーン
終業を告げるチャイムの音に、授業という枷から解き放たれた学生たちが安堵交じりのため息を漏らし
静かだった校内に生徒たちの話し声が戻ってくる。
所属している部活動へ向かう者、帰宅する者、それぞれが行き交う廊下は生徒でごったがえしている。
その中を、一人の道着姿の生徒が足早に走って行く。
彼が向かった先は、1年生のとある教室だ。
徐に勢いよく扉を開けると、その音に教室内の生徒が一瞬会話を止める。
「成実―――!!!」
その声に周囲の視線は名前を呼ばれた本人、「伊達成実」に向けられる。
丁度窓際の席で、友人らと談笑していた成実は「俺?」と呼ばれた方へと顔を向けた。
「何だよ、突然」
机に腰かけていた成実の元へ、その道着姿の生徒は歩み寄ってくると、ぱんっと目の前で手を合わせる。
「今度の日曜槍術部の試合に助っ人で来てくれ!」
頼み込む友人に、成実は少し考える仕草を見せた。
成実がこうやって部活の助っ人を頼まれるのは初めてではない。
彼は一定の部活動には籍を置いておらず、こうして頼まれた時には助っ人として参加するといった形を取っているのだ。
そんな成実にこうした突然の依頼が来る事は珍しくない。
「あ〜…悪い!もう俺手一杯!!」
「マジか!?うっわぁ…どうしよう…お前だけが頼りだったのに」
本気で困り果てる友人に、成実はぽん、と手を打った。
「梵天に頼めば?」
「え!政宗先輩!?」
政宗、の名前に友人の表情が渋る。
「同級生の先輩が頼んでも良い返事貰った事ないって話だぜ?」
「俺が言ったって事にすればどうにかなるんじゃない?」
「う〜ん…上手くいくかなぁ……」
成実はこうして快く助っ人を引き受けてくれるが、成実の一つ上の学年に居る彼の兄の「伊達政宗」は成実とは正反対の気性なのか
そういう事で騒がれるのを嫌い、助っ人どころか部活動にすら関わる事を嫌がっているのは有名な話である。
「可愛い弟が頼んでたって言ってみろよ。あ、OKだったらお礼は弾んでね」
「お前なぁ……」
軽く言ってくれるな、と友人はがっくりと肩を落とした。
「梵天をやる気にさせるようなある程度腕が立つ人がいればやる気を出すと思うよ」
「腕の立つ人かぁ……先輩から頼んでくれるようにすればいいのか?」
「先輩って言ったって、あんまり腕の立つ人居ないだろうけど」
「お前なぁ!そんな身も蓋もない言い方するなよぉ……だからお前の所に来たのに……」
「だったら早めに来いって。俺は予約優先なの」
「ホント迂闊だった」
図星を突かれた揚句に言われたい放題の友人はため息をついた。
それは諦めなのか、それとも政宗に頼みに行くのに腹を括ったのか……
「仕方ない!先輩に相談して、政宗先輩に頼んでみるわ」
「ごめんねーまた次回のご利用を」
「そうする……って、政宗先輩って強いのか?勉強とかが凄いのは知ってるけど、武術系ってのは……」
「強いよ。俺よりは力が無いけど、その分技術があるから」
「へー!」
「梵天が部活やんないのは、やる気が出る程強い相手が居ないからだって」
「わー……出来る奴は言う事が違うねぇ……だったら文化部とかに入ればいいんじゃないのか?茶道とか調理とか」
友人の提案に成実は「ちっちっ」と人差し指を振って打ち消す。
「茶道は家元並みの腕前だし、調理はヘタなコックより上だと思うよ」
その言葉に、政宗が調理実習で数多の生徒から羨望の眼差しを集めたという話を思い出した。
むしろ先生の方が政宗に教えられたという話もあるくらいだ。
「文化部も追いかけるわけだ……」
「だろ?あ、早くしないと梵天が帰るぞ。勧誘が来る前にとっとと帰るから」
「マジで!?じゃあ主将辺り引っ張って頼んでみるわ」
「そうしとけー」
来た時以上のものすごい勢いで教室を出て行った友人を、ひらひらと手を振りながら成実は見送る。
まぁ、梵天がそうそう頷くとは思っていないけど、と内心呟きながら肩を顰めた。
* * * * * *
―――――――――こちら、2年生の教室。
「伊達!伊達はいるか!!」
ざわつく教室の扉が開かれ、それと同時に道着姿の体格のいい男が政宗を呼んだ。
その声に政宗は僅かに眉をひそめ、やれやれ、という顔をする。
「何ですか?」
「折り入って頼みがある」
「お断りします」
話も聞かずに一刀両断されてしまい、政宗よりは年上だろう男は一瞬たじろいだが、咳払いをひとつして気を取り直すと話を続けた。
「お前の弟がお前を推薦してきたんだ。頼む!」
「成実の頼みでも聞きません、というか、あれの入れ知恵ならば余計に受けかねます」
「強い奴ならいる―――」
「そう言って、この前の勧誘の際に全員叩き伏せたはずですが?」
しれっと言われた言葉に、男はぐっと閉口する。
政宗の言う通り、少し前の日に政宗と入部を賭けた手合わせを行ったのだが……結果は政宗の口調からも分かる通り
彼一人に槍術部の精鋭全員が畳に叩き伏せられるという結果だったのだ。
再び気を取り直そうと咳払いを今度は二つして、再度話を続ける。
「今日は卒業した先輩が来るんだ。その人なら伊達でも勝てるかどうか……」
「ほぅ?」
政宗の表情が変わる。
帰宅するつもりで手に持っていた鞄を机に置いて、ようやっと政宗は男の方を見た。
その眼にはいつもの不機嫌さに混じって、明らかに僅かながらこの話に興味を持ったような色が伺える。
「―――では、俺がその先輩とやらに勝ったら、金輪際部活の件で関わらないと約束して頂けますか?」
僅かに下から見上げる視線だが、そこに込められた強さにたじろぎながらも男は頷いた。
「それを聞けたのなら――行くだけは行きますよ」
その言葉に承諾を貰えると思っていなかったのか、一瞬ぽかんとしてしまった彼は「感謝する!」とだけ告げて、
再び足早に教室を出て行った。
ざわつく教室が更にざわつく。
あの政宗がまだ確定ではないとは言え、勧誘の話を受けたという事に驚いているのだろう。
そんな空気を気にするでもなく、帰り仕度だけを整えて政宗はさっさと教室を出た。
+ + + + + + +
――――その頃、道場に先に戻ってきた彼は、成実に頼みに行った後輩と鉢合わせた。
「あ、先輩!どうでした?やっぱりダメでしたか?」
「それが…真田先輩と勝負して真田先輩が勝ったら協力してくれるんだとさ」
「真田先輩と?!……それならちょっと望みはあるかもしれませんね」
明るい表情の後輩とは打って変わって、彼は表情を曇らせた。
「だが…真田先輩は今日は指導だけなんだと。何でも利き手を怪我してるとかで……」
その言葉に、明るかった後輩の表情がみるみる真っ青になっていく。
「マジっすか!?ダメじゃないっすか!!」
「いや、勢いというか何というか……」
「……一応、話だけしてみますか?」
「頼む」
彼が向かったのは、道場の中央で生徒数人に指導している私服姿の青年。
「真田先輩!」
呼ばれて振り向いたその青年の名は「真田幸村」――――
この高校の卒業生で元槍術部のOBでもある彼は、学校からの依頼を受け、
期間限定のコーチとして大学が休講の時にこうして指南に来てくれるのだ。
「どうした?」
指導の手を休めて、幸村は後輩の方に向き直る。
「実は、今度の試合の助っ人を頼むっていう話はご存知ですよね?」
「あぁ、それは聞いているが」
「その助っ人の奴が……ちょっと強情な奴で、真田先輩と戦って先輩が勝ったら助っ人をするって言ってるんです」
話を聞いている幸村の表情が少々困ったように険しくなる。
「……今、怪我をしているから実力の半分も出せないが…それだけ大きな事を言うのだから相当強いんだろう?」
「強いらしいです。そいつの弟の話ですけど…あ、その弟ってのは伊達成実なんですけど」
「知っている。彼も強いが、彼の兄も有名だったな……」
「そうなんですか!?」
「あぁ。――――その兄弟なら強いのだろう……是非手合わせしてみたいものだ」
「じゃあ、試合の件は了承して頂けますか?」
「この状態だから全力とは言えないが…承諾しよう」
「ありがとうございます!―――相手はそろそろ…」
そう言って後輩が入口を見やると、途端に道場内がざわめく。
掛け声やらの威勢のいい声だけが響いていた空間に、明らかな動揺に似た空気が広がり、場の視線が入口に立っているこの場には
似つかわしくない学生服の生徒へと向けられていた。
「来たみたいですね。―――相手はあの、学生服に眼帯の奴です」
「どれ…」
入口を見遣る幸村ではあったが、道場の中央から入口までは距離があり、遠目でしか姿は確認ができなかった。
ただ、他の生徒から比べると幾分小柄なのだけは確認できた。
続
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