雨の音がする。

 土の匂いと、何かが焼ける匂い。

 自分を包む微かな温もりと…



 誰かが呼んでる。でも動けない。

 何故か、片方には赤い色が広がっていく。



  

 ああ、そうか

 あの時から、時間は止まったまま……
















「……っ」
ズキリと傷が痛んで政宗は目を醒ました。
見渡せばそこはいつもの部屋で、ほっとため息を吐く。

それが安堵からなのか、落胆からなのか……

布団を抜け出して障子を開け放つと、まだ日は昇っていないらしく、地をを叩く雨音だけが闇に響く。
この時期には珍しく強い雨が降り頻っていて、数日前まで積もっていた雪を溶かしている。



「それでか……」


再び小さくため息を吐くと、眼帯に覆われた右目に手を宛がった。

あれから何年目だろうか……



雨が降るたび、政宗は夢を見ては傷の痛みに目を醒ます。
何度も繰り返されるその夢は過去をいやがおうにも引きずり出させた。








何度許しを請うても許されない。

どれだけ泣き叫ぼうがそれは戻らない。

贖おうにも刻み込まれた罪は決して消えない。










自分を抱きすくめるようにして政宗は壁に凭れ掛かった。

心の中で何度も呟く謝罪の言葉。




だが、それに答えるものはなく、許してくれる人もいない。






「ッ……!」





壁をずり落ちるようにして座り込むと、眼帯を押さえたまま政宗は膝に顔を埋めた。




















「梵天〜?起きてる?」


それからどれくらい経ったか、不意にドアの向こうから掛けられた声に顔を上げる。
どうやらあのまま二度寝をしてしまったらしい。



「あぁ、成実か…起きてるぞ」




成実は政宗の一つ年下の弟である。



「景綱が飯だから降りて来いって」
「分かった」



政宗の返事に『早くしないと置いてくぞ〜?』と言い残して成実の足音が遠ざかった。




着替えを済ませて食卓へ向かうと、成実ともう二人が先に座っている。
成実の他に政宗には二人の兄がいた。


政宗の隣に座るのは次兄の景綱、その隣に座るのが長兄の綱元だ。
主に家事を担当するのは次兄の景綱で、慣れた手つきで食卓を整えていく。



「いただきます」



朝は出来る限り家族そろって食卓を囲む、というのは亡くなった父の教えだった。
この家には両親がおらず、兄弟4人家族になって随分経つ。

「成実、そんなにのんびり食べてると遅刻するぞ」

綱元の言葉に、成実は、えっ?と茶の間の柱に掛けられている時計に目をやった。
いつもならば家を出る予定の時間を過ぎかけている。




「げっ…!もー!綱元!そういう事はもっと早く教えろよな!」
「だって聞かれなかったしー」
「性格わりーぞおっさん!!」
「明日の鍛錬、増やしてもいい?」
「ごめんなさいぃぃ!」




茶の間でぎゃーぎゃーと騒がしい声が響く中、食事を終えた政宗が箸を置く。



「ごちそうさま…って相変わらずだな」
「本当に綱元も綱元ですが、成実も成実ですよ」


呆れたような景綱に政宗も苦笑しながら頷く。


「さ、あの二人に構っていると本当に遅刻しますよ」
「おっと、そうだな」



傍らに置いていた鞄を持って、政宗は玄関へと向かう。
すると、一悶着を終えてきたらしい成実が駆け込んできた。

「待って梵天!俺も行くから!」
「はいはい、ほら、鞄持っててやるから」
「サンキュー♪」

政宗に鞄を渡して、成実は急いで靴はいて支度を整えると立ち上がる。


「それじゃ、行ってくるぜ景綱」
「行ってくる」
「行ってらっしゃい二人とも。気をつけて」



景綱に見送られて政宗と成実は自宅を後にした。












二人は家からそれ程遠くない距離にある市内の公立高校に通っており、政宗は2年、成実は1年でそれぞれ学んでいた。



「ちっくしょー綱元の奴!」
「何だ、まだ言ってるのか?」
「だってさー!綱元の奴、俺がおっさんって呼ぶとすぐアレだよ!?」
「まぁ、綱元も気にしてるんじゃないのか?」
「かなぁ……あー!お菓子の件と鍛錬の件さえなければ負けないのに!」
「どうだかな」
「そこは認めてよー梵天ー」



他愛のない会話を繰り返しながら通学路を歩いていると、あっという間に校門の前に着く。
普段なら大量の道着やらを来た連中が立っている筈なのだが、今日はやけに静かだ。




「あれ?今日は案外静かだね」
「……だろうな」
「え?」



何かを知っていそうな政宗の素振りに成実は首を傾げる。
政宗はあ、と口を閉ざしたが既に遅かったようだ。



「梵天知ってるの?」
「知ってるというか…わしが原因と言うか……」
「何〜?またやっちゃったわけぇ?」
「まぁな……余りにもしつこかったんだ」



しつこかった、というのは政宗に対する各部活からの勧誘である。
成実も政宗も綱元と景綱から文武両道の教育を受けている為、どちらも高校生ではハイレベルな実力の持ち主なのだ。
その為に、二人は日々様々な部活動からの勧誘に追われる日々を送っていた。
成実は助っ人として色々な部活に参加をしてはいたが、政宗はそういうのが苦手で、毎日のように教室や登下校時にやってくる
勧誘から逃げ回っている。


「あ、帰りが遅くて景綱がえっらい心配してたあの日?」
「あぁ」
「わお、じゃあ暫くは静かだね」
「そうだな、全員叩き伏せてやったし」


軽く答える政宗に成実は「怖い怖い」とわざとらしく肩を顰める。
そんな遣り取りを経て校門を抜けると、二棟に分かれた校舎があり、成実達1年生は少し離れた新校舎の方に教室があった。


「あ、そんじゃ梵天。俺こっちだから」
「うむ、頑張れよ」


手を振りながら成実は新校舎の方へと走って行く。
それを見送ってから政宗も自分の教室へと向かうべく、校舎の中へと入って行った。












二人が校舎に消えたすぐ後、敷地内に入ってきた一台の乗用車。
降りてきた人物は掛けていたサングラスを外すと、校舎を見上げる。


「久しぶりだな……」


懐かしそうに目を細めて、その人物は来客用の入口から校舎の中へ消えた。






――――何気ない日々が変わり始めるという事……


――――この時はまだ誰も、気づいてはいなかった。











続きます;
うちの伊達家はこんな感じになってます!