不器用な秘密








不意に頭上が翳った事に幸村がうっすらと目を開けた。

「…まさ、むね?」
「あ…いや、その……」

慌てて避けると政宗はそのまま幸村に背を向けてしまう。
そんな政宗の様子に幸村が心配そうに覗き込んで来る。


「どうかしたのか?」
「な、何でもない!気にするなっ」



まさか気付かれてないとは思うが…



政宗はいつも性格上どうしても幸村に対しての感情表現が出来ない事を少し歯痒く思っており、眠っている間だけでもと
幸村に気付かれないように口付けをするのが精一杯だったのだ。


赤くなったり青くなったりと忙しい政宗の様子に、幸村は何となく先ほどの行動の意味を悟った。



「……あぁ、なるほど」
「何がだっ!」


ふっと意味深に笑った幸村に、政宗はそのまま布団にすっぽりと潜り込んだ。


「まーさむねっ!」
そんな政宗を幸村は布団ごと抱きしめた。


「うるさいっ!寝せろっ!馬鹿めっ!」
布団の中で政宗はバタバタと暴れているようだが、幸村には何の効力もない。

「さっき途中で止めてしまったことを最後までやってくれたら寝る」



―――どうやら気付かれていたようだ。


「何のことだか分からんな」

布団の中からは素っ気ない返事が返ってきた。
だったら何故布団の中に逃げ込んでいるのやら、と幸村はほくそ笑む。

「あくまでシラをきるか…。なら、このままだな」

布団ごと抱きしめている腕に力を込めて、政宗を抑えつける。
それでも腕の中の存在は往生際悪く、逃れようと足掻いているようだ。

「誰のせいで疲れたと思ってる!大人しく寝せろっ!」
「嫌だ!あ〜あ、途中で目を開けなければ良かった」
「そんなの知るかっ」

相変わらず、出てくる様子のない政宗に、幸村はふうっとため息を一つ吐くと、僅かに見える耳朶に唇を寄せた。


「政宗……」


優しく吹き込まれる吐息と声に、政宗はぞくりと背筋を騒がせる。
だが、それで出てくるほど政宗も往生際がいいわけではなく、更に深く布団を被ってしまった。

仕方ないなと、幸村は少々強引に政宗が包まる布団を剥ぎ取る。

「なぁっ!?」

力技では政宗に勝ち目はなく、今度は体を直に抱きとられてしまった。
触れる肌に昨夜の情事を思い出して、政宗はかっと熱くなる体を必死に抑える。



「観念するんだな」



勝ち誇ったような幸村。

何か抵抗する術はないものかと政宗は模索するが、こんな布団の中、しかもしっかり抱きとられた状態では
どうする事も出来ない。




「―――……〜〜あーもー分かった分かった!わしの負けだっ」


降参だと政宗は溜め息を一つ吐くと、体から力を抜いた。








「大の大人が駄々こねおって……」

「途中で止められたら、こちらがたまらないからな」



ぶつぶつと文句を言う政宗にも幸村は嬉しそうな笑顔である。
政宗は体を起こし、横になったままの幸村を見下ろす形になる。





「………じゃあ目を閉じてろ」




政宗の言葉に幸村は言われるがまま、目を閉じた。
それを確認して、政宗はそっと幸村の顔を覗き込む。




僅かに差し込む朝の光だけが頼りになるこの部屋の中だが、少し長めの睫がはっきり見える。

こうしてまじまじと見る機会はあまりなかったが、改めて見る幸村の整った面に頬が熱を持つのが分かった。





「どうした?」
「な、何でもないっ」


幸村に問われて、政宗はぎくりとした。
まさか見惚れていたなどと、死んでも口にするわけにはいかない。




政宗は一度小さく息を整え、そっと幸村の瞼に唇を寄せると触れるだけの口付けを落した。



瞼に触れる温もりが離れると同時に幸村の瞼が再び開く。
じっと見つめる幸村の双眸と、政宗の隻眼が互いに視線を交錯させた。



「終わりだっ!わしはもう寝るッ!!」



幸村の視線に、政宗は言いようのない羞恥心に駆られて、逃げるように布団に潜り込んだ。
そんな政宗に幸村はくすりと笑いを漏らすと、政宗が潜り込んだせいで丸くなった布団をぽんぽんと叩く。


「政宗、政宗」

「―――何だ?不満か?」




布団の中の主に呼びかけると、不機嫌な視線の顔だけを向けて寄こした。

本当に……どうしようもないな、と内心呟くと、幸村は政宗の額に口付ける。


「!?」


突然の不意打ちに、政宗は声も出なかった。




「今度は起きてる時、な?」

「――っ!!ば、馬鹿めっ誰がするかっ!」

「寝ているときにされては、勿体無いだろ?」

「ふん…その言葉そっくりそのまま返してやる」

「?」



どこか含みを残した政宗の言葉に幸村は首を傾げる。
その様子に「ふん」とだけ笑って、政宗は再び布団をかぶった。




「先に休むぞ」
「こら、何が言いたいのだ!?」
「さぁな」

被った布団を三度引くが、今度は先ほどよりもしっかり被ってしまったらしく剥ぐことが出来ない。
引きはがす事を諦めて、幸村は自分の記憶を手繰るように考え始めた。

あれやこれやと色々思い浮かぶものの、どれも政宗の言葉にぴたりと合致するものがない。
そんなこんなをしている間に、目の前の布団からは小さな寝息が聞こえてきた。


「寝てしまったか…」


流石に丸まったままでは政宗も寝苦しいだろうし、第一このままでは自分の寝る場所がない。
仕方なく幸村は布団団子を解きにかかるが、政宗が寝入ったせいかあっさりとそれは解かれて
目の前には安らかな寝顔があった。





ふと、幸村の脳裏にあの時の事が蘇る。






あれはまだ、政宗と出会って間もないころだ――

傷を負った自分の隣で手を抱いて眠っていた政宗に幸村は己が想いを告げた。

あの頃は相手が寝ている時にしか言えない自分が女々しいと思ったものだが……






「まさか、なぁ…バレてたりしないよな…」





安らかな寝顔に向かって問いかけるが、当然答えは返ってくるはずもなく。




「まぁ、いいか」



ふっと過った考えを打ち消して、幸村も政宗の隣に横になって布団を掛け直す。



「おやすみ――政宗」



閉じられた政宗の瞼に、彼がしてくれたように口付けを落して幸村もまた眠りに就いた。










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